私は63歳のデザイナーです。東京信濃町と四谷三丁目のちょうど真ん中あたりの小さなオフィスビル で、少人数のデザインプロダクションを経営していました。今から20年も前になるでしょうか?ある日の2時を回った頃でしたか遅い昼食を摂るために一人でオフィスを出ました。
この辺りは飲食店は多いのですが、ランチの時間帯を逃してしまうと閉まってしまう店が多く、中々探すのに苦労します。
そこでいつも重宝しているのが新宿通りに面した回転寿司店です。週のうちに3回ぐらい利用していました。寿司はもともと私の好物です。しかもこの店のマグロのカルパッチョは絶品でした。
昼食どきを超えていましたが、20席ほどのカウンター席の半分は埋まっていました。そのため入り口に近い窮屈な席に着きました。30分ほどでしょうか?マグロのカルパッチョ含む7皿程度を食しました。もうそろそろ打ち止めにしようとした時、調理している3人ほどの寿司職人越しに奥のカウンター席が目に入りました。
そこにはグレーのスーツの白髪の紳士が一人食事をしていました。「アレッ!」と思いました。そこにいたのは刀剣の鑑定士「柴田光男さん」だったのです。この方は既にお亡くなりになりましたが、当時はテレビの鑑定番組に出演されていた方。現在は息子さんが出演しています。
私は高校生の時から少々日本刀に興味があり、神田の書店街に行き関係書を眺めていました。当時の小遣いでは効果な専門書は買えません。吟味に吟味を重ねて一冊一冊と購入し、ボロボロになるまで愛読しました。専門的な用語や背景がある刀剣の世界です。なかなか難しいのです。しかしそれを初心者でもわかりやすく、そして興味深く教えていただいた本の著者が「柴田光男先生」でした。
百貨店の展示会にもよく行きました。そこでは「柴田先生」を何度もお見かけしました。その先生がテレビの鑑定番組の準レギュラーで出演している。それも私にとって大きな喜びでした。
そんな憧れの先生が目の前に今いるのです。興奮しました。お茶を飲みながら食事をしている先生を眺めていましたが、よくよく見ると先生ではありませんでした。雰囲気がよく似ていたので間違えてしまったようです。
残念だなと思い、私は店を出ました。そして事務所のある方に向かって歩き出した時です。向こうからこちらに向かって歩いてくる人がいました。なんとその人は紛れもない「柴田光男先生」でした。
予感が働いたのでしょうか?そんな不思議な体験でした。